サムライねぎが切り開く“ねぎライフ”。ねぎらいふぁーむが描く新しい暮らし
山に囲まれた自然豊かな盆地、東広島市・志和町。
この土地で、一本のねぎを通して新しい暮らしをつくろうとしている人たちがいます。
独自のブランドねぎ「サムライねぎ」を育てる『ねぎらいふぁーむ株式会社』です。
広島で開催されたG7サミットでも提供され、今では県内外の飲食店で広く親しまれているサムライねぎ。
その味わいの裏には、新たな食文化を育てようとする生産者の挑戦と、数々の試行錯誤がありました。
京都での農業との出会いが人生を変えた
ねぎらいふぁーむの代表を務める八幡原さんが農業を始めたきっかけは、意外なものでした。
もともとはうどん屋をやるつもりで京都に就職したという八幡原さん。
しかし、事業計画の変更によりうどん屋の話がなくなり、退職を決意します。
そんなときに知り合いから紹介してもらったのが、京都の九条ネギ農家さんだったそうです。
「農業をしておけば、将来うどん屋をやったときに自分で作った野菜を使ったうどんが作れるかなとも思って。
ねぎ農家で働いてみることにしました。」
実際に働くまでは農業に対して”儲からない、休みがない、若い人がいない”イメージがあったといいますが、
そこでみたのはイメージとはまったく違う農業の姿でした。
「高級車に乗れるくらい、しっかり稼いでました。それに、若い人がすごく多かったんです。
”実家が農家”というわけでもなく、自分で見つけてきて、農業やりたい!と思って働きに来ていました。
これは面白いなと思いましたね。」
農業って儲かるし、面白い。
そう思った八幡原さんは、故郷・広島県でねぎ農家としての道を歩むことに決めました。
京都から志和へ。広島の地で始まった挑戦
広島に戻った八幡原さん。
修行していた京都と似た環境でねぎを育てるべく、土地を探すことにしました。
寒暖差がある盆地で、かつ広島市内への交通が便利な志和町にしよう!と決めましたが、
見ず知らずの若者に土地を貸してくれる人はなかなか見つかりませんでした。
「新規就農を志す人の集まりがあったりするんですけど、当時24歳の僕より年下の人はいませんでしたね。
そんなに若いのに、本当に農業をやるの?って疑うようなことも言われました。
結局農業法人で研修させてもらいながら土地を探して、1年半後くらいに土地を借りることができたんです。」
土地を借りるまでに一苦労、さらに初年度には京都と広島の気候の違いにも悩まされました。
「志和って冬は雪が積もるんですよね。その積もった雪で、植えたねぎが全滅して・・・
こりゃいけんわと思って、お金をかけてハウスを建てたんです。
今は夏は露地栽培・冬はハウス栽培で通年栽培できるような体制になっています。」

ようやく土地がみつかったと思いきや、初年度にねぎが全滅。
苦労の連続の中でもあきらめずに続けられたのは、強い信念があったからでした。
「京都でしっかり儲かっていて、若い人たちが入ってくる姿を見てきたんで、それを信じてやってただけです。
あとは自分で自分を信じること。京都でできてるんだから、広島でもできると思ってやってきました。」
九条ネギが、“サムライねぎ”になるまで
寒暖差と土が育てる、サムライねぎの個性
サムライねぎは九条ネギと同じ品種のねぎですが、とにかく肉厚で甘さが凝縮されていることが特徴。
京都よりも厳しい寒暖差と豊かな土が、シャキッとした食感と柔らかな甘さを生み出しています。

「大きな寒暖差はねぎにとってストレスになります。
このストレスがおいしさに繋がるんですけど、ストレスが大きすぎると先端が枯れてきちゃうんですよ。
飲食店向けのカットねぎでは喜ばれる一方で、スーパーには並べられなくなるので、うまく調整しています。」
10月~11月ごろの志和は、夜は一桁台まで冷え込み、日中は40度近くまで気温が上がることもあるそう。
保有している60棟近くのハウスを朝夕見回り、温度調整をしています。
気候だけではありません。サムライねぎのおいしさは“土の力”にも支えられています。
サムライねぎにあわせたオリジナルの有機肥料を使用し、毎日土の状態を見ながら環境を整えているそうです。
「野菜を作るには微生物がしっかり働いてくれることが大事です。毎日の積み重ねでいい土になってきました。」
自然の力と人の手の積み重ね。
この両方が揃うことで、志和のサムライねぎは唯一無二の味わいを持つのです。
最初の一歩は、飲食店への“持ち込み”から
こうして志和の気候と土に育てられた太いねぎは、細いねぎが主流だった広島では少し珍しい存在でした。
最初に使ってくれたのは、ねぎを育て始める前に出会った飲食店だったといいます。
「たまたま入ったお店で太いねぎが使われてたんです。
このお店なら使ってくれるかもと思って、
”これからネギつくるんで、できたら持ってきてもいいですか?”ってオーナーにお願いしました。」
偶然の出会いからしばらくして、育てたねぎを持ちこんだ八幡原さん。
食べてもらった瞬間 ”これはおいしい!”と評価してもらい、ここから初めての取引が始まりました。
その後は、飲食店同士のつながりで横へ横へと口コミが広がり、取引先も少しずつ増えていきます。
お客様の一声で生まれた「サムライねぎ」という名前
少しずつ広がっていったサムライねぎ。
実は、最初から「サムライねぎ」という名前がついていたわけではなく、
当初は「九条ねぎ」として販売していたそうです。
「九条ねぎって名前は有名ですけど、広島で育てていることが伝わりにくくて。
なにかオリジナルの名前を付けた方がいいんじゃない?って言われたんです。」
そんな時、飲食店のお客さんから思いがけない一言が届きます。
「侍が持ってる刀みたいに、シャキッとしたねぎだね。」
その言葉を聞いた瞬間、「まさにそれだ」と感じた八幡原さんは、
その場で「サムライねぎ」という名前を採用しました。

名前が生まれてからの三年間で、サムライねぎはさらなる広がりを見せていきます。
さまざまな飲食店で「サムライねぎラーメン」など
サムライねぎの名前を冠したメニューが提供され、テレビでも紹介されるようになります。
こうして、「志和の九条ねぎ」 が 「サムライねぎ」という地域で根を張るブランドへと成長していったのです。
一本のねぎから、ひとつの食文化へ
“もったいない”から始まった転機
サムライねぎが飲食店で広がっていくと、
「人が足りないから、カットした状態で納品してほしい」という声が増えていきました。
ちょうど同じ頃、八幡原さんは”まっすぐ育ったA品のねぎだけを出荷し、B品は廃棄する”という現状に対して
「やっぱり、もったいないよな」と感じていたそうです。
この“もったいない”という思いと、飲食店からの“カットねぎ要望”が重なったことで、
八幡原さんはカット工場の設立と同時に法人化へ踏み切りました。

こうして誕生したのが「株式会社ねぎらいふぁーむ」。
社名には〈ねぎを生産すること〉〈人をねぎらうこと〉〈日常にねぎのある暮らし=ねぎライフを届けること〉という3つの意味が込められています。
その中でも特に “ねぎライフを届ける”という想いが、ねぎらいふぁーむの軸になっています。
「毎日、自然にねぎを口にしてもらえるような文化をつくりたいんです。」
そのために、生のねぎを出荷するだけではなく
“日々の食卓にそっと入り込む” 加工品づくりにも力を入れるようになっていきました。
日常にねぎを溶け込ませる加工品づくり
餃子、ポテトスナック、ねぎ塩、ねぎ醤油のキット…。
サムライねぎを自然に楽しんでもらうためにさまざまな加工品づくりに取り組んでいますが、
商品開発にあたって大事にしているのが「違和感なく暮らしに入り込むこと 」だそうです。
「毎日自然と口にしてもらうことが大事なので。
ソフトクリームにかける”ねぎシロップ”とかも考えたんですけど、
必要とされるかどうか・日常に入れるかどうかを考えたときにやっぱり違和感があるなと思ってやめました。」
抗菌作用があり、免疫力を高める食材ともいわれている”ねぎ”。
そんなねぎを毎日自然に食べてもらうために、
“わざわざ選ばなくても、日常に出てくる商品” を目指して開発を続けています。
簡単調理・たしかな美味しさで生活に溶け込む「サムライねぎ餃子」
加工品の中でも特に人気なサムライねぎ餃子。
サムライねぎの肉厚さと加熱した時の甘みを最大限活かした看板商品です。

形を変えても、味わいはまっすぐにサムライねぎ。
おうちで焼くだけでねぎの豊かな風味とあふれる肉汁を楽しめます。
ねぎライフの入り口として、もっとも手に取りやすい加工品のひとつです。
ねぎらいふぁーむが描く未来
「ねぎライフ」を広げていくための挑戦を続けるねぎらいふぁーむ。
新たな挑戦のひとつとして、農地の拡大と次の世代が働きやすい環境づくりにも取り組んでいます。
「どんどん人口が減っている中ですけど、若い人が入ってこないと農業も発展できないですよね。
農業を面白いと思ってくれる若者のために、間口を広げて就農しやすい環境づくりをしたいと思っています。」
志和の気候と土に育てられた一本のねぎが人の手を渡りながら広がってきたように、
ねぎらいふぁーむの挑戦もまた、広がり続けています。
あなたの生活のすぐそばで、“ねぎライフ” はもう始まっているのかもしれません。
関連商品
YORI DORI商店街のECサイトでお求めいただけます。

